ドイツ・霧に包まれたハイデルベルグ市街とネッカー川
ここ2,3日、この冬一番の寒さという報が流れ、東京でも雪が降ったとか。京都にも市内の山手などは降っただろうけれど、家の周りで積雪を見たことはない。たしかに夜になるとしんしん冷えて、喉や身体の節々が痛くなり、風邪を疑う症状も出たが、一晩眠ると、それも治まるのは元気な証拠か。一度雪景色を撮りに行きたいけれど、いざというときは仕事があったりで、今年の実現は難しそう。
さて、新鮮な画像がないときの神頼み・・・海外旅行の写真から。先に引き続き、今日はドイツ・ハイゼルベルグ市街と霧のネッカー川にしよう。旅行2日目の行動だったが、泊りがハイデルベルグだったにも関わらず、次の旅程が押しているからと、とにかく朝が早かった。だから、ハイデルベルグ城に入ったのが8時前だったように思う。でも、朝の早いのはいいこともあって、昼間なら滅多に見られない霧に覆われたネッカー川とハイデルベルグ市街を眺められたのだ。ネッカー川を這うように下ってきて街を覆う様子は、筆舌に尽しがたい光景だった。ただ、それを上手く画像に撮り込めたかは別の話。
なお、ハイデルベルグ市街などの画像は、You Tubeにのまとめてみた。
https://www.youtube.com/watch?v=XUwhTmvoc4g



この画像の向かいの山の中腹に「哲学者の道」がある。


You Tubeはこちらから → https://www.youtube.com/watch?v=XUwhTmvoc4g
さて、新鮮な画像がないときの神頼み・・・海外旅行の写真から。先に引き続き、今日はドイツ・ハイゼルベルグ市街と霧のネッカー川にしよう。旅行2日目の行動だったが、泊りがハイデルベルグだったにも関わらず、次の旅程が押しているからと、とにかく朝が早かった。だから、ハイデルベルグ城に入ったのが8時前だったように思う。でも、朝の早いのはいいこともあって、昼間なら滅多に見られない霧に覆われたネッカー川とハイデルベルグ市街を眺められたのだ。ネッカー川を這うように下ってきて街を覆う様子は、筆舌に尽しがたい光景だった。ただ、それを上手く画像に撮り込めたかは別の話。
なお、ハイデルベルグ市街などの画像は、You Tubeにのまとめてみた。
https://www.youtube.com/watch?v=XUwhTmvoc4g



この画像の向かいの山の中腹に「哲学者の道」がある。


You Tubeはこちらから → https://www.youtube.com/watch?v=XUwhTmvoc4g
ドイツ・ハイデルベルグ城
ブログタイトルを「My Photo Booth」としているからには、なるべく新鮮な写真をいろいろ載せたいところだが、そうたやすく問屋が卸してくれない。特に約2年前から仕事を始めたことによって、以前ほど撮影の機会に恵まれないという事情もある。もっともパソコンハード内のPhoto蔵には、万と写真はあるけれど、同じような場所、被写体、アングルなどが自分で厭になったり、ブログにアップする時点の季節感に合わないなどで、ついつい更新が進まなくなる。
そこで、外付けハードの中で長い眠りについている海外旅行の写真を目覚めさようと思いついた。これなら、自分も新鮮さを感じることができるし、懐かしい。探しだしたのは、2004年10月に行ったドイツ、スイス、フランス。小さな小さなリヒテンシュタインという国の写真もある。まず今日は、ドイツのハイデルベルグ城から。かなり時間は経過しているが、1200年代の古書にこの城の記述があるほど古いここは、私が行ったときのままの姿で、今も静かに佇んでいるにちがいない。(画像枚数7枚)

エリーザベト門(1615年、フリードリヒ5世が愛する妻エリザベスのためにこの門を造らせたといわれる)

牢獄塔(ゼルテンレーア)

あと4枚
そこで、外付けハードの中で長い眠りについている海外旅行の写真を目覚めさようと思いついた。これなら、自分も新鮮さを感じることができるし、懐かしい。探しだしたのは、2004年10月に行ったドイツ、スイス、フランス。小さな小さなリヒテンシュタインという国の写真もある。まず今日は、ドイツのハイデルベルグ城から。かなり時間は経過しているが、1200年代の古書にこの城の記述があるほど古いここは、私が行ったときのままの姿で、今も静かに佇んでいるにちがいない。(画像枚数7枚)

エリーザベト門(1615年、フリードリヒ5世が愛する妻エリザベスのためにこの門を造らせたといわれる)

牢獄塔(ゼルテンレーア)

あと4枚
湖北のコハクチョウ
飛んでいるコハクチョウを撮影したのは、2006年2月のこと。それ以来、飛ばないコハクチョウを何度か撮ったことはあるが、やはり大空に舞うコハクチョウをもう一度撮りたい願望を持ち続けてきた。それが、やっと15日に実現。
ネットで知り合ってから10年を超えるお付き合いのK子さんの計画で、大阪と京都の写友7人(男性2人・女性5人)が集まった。撮影先は琵琶湖の北端地域。京都駅6時34分出発、現地近くのJR駅着8時半。バスに乗り継いで、コハクチョウのいる池まで歩け、歩けの田圃道。ところが、コハクチョウが棲む池に到着しないうちに、突然空に飛翔するコハクチョウの姿が見え始めた。慌ててカメラのセットもいい加減なまま、とにかく撮る、撮る。池に到着したときには、数少ない2〜3グループが残っていたが、それもやがて飛び立って、コハクチョウの池はもぬけの殻となった。その後、琵琶湖沿いの道を野鳥センターに向かって歩き、少し早目の昼食をして、大鷲撮影に行くという一人と別れて、一行は余呉湖へ。そこで、私は今年はじめての雪景色にふれることができたのだった。
しかし、久しぶりの写友たちとの撮影行は本当に楽しかった。7人の中には、初めて会った人もいたが、すぐに打ち解けて、会話が弾むこと弾むこと。ただ、残念なのは、せっかくの撮影行だったのに、自分の写真にピンボケが多かったことだ。カメラとレンズスペックの低さもさることながら、腕のなさにがっくり!それでも恥ずかしげもなくデジブックにアップ。これは自分用の日記写真扱いだが、ちょっと覗いてやろうという奇特な人向けのリンクも貼付(#^.^#)。なお、当日の歩行数は15,090歩、歩行距離10,25Km。





ネットで知り合ってから10年を超えるお付き合いのK子さんの計画で、大阪と京都の写友7人(男性2人・女性5人)が集まった。撮影先は琵琶湖の北端地域。京都駅6時34分出発、現地近くのJR駅着8時半。バスに乗り継いで、コハクチョウのいる池まで歩け、歩けの田圃道。ところが、コハクチョウが棲む池に到着しないうちに、突然空に飛翔するコハクチョウの姿が見え始めた。慌ててカメラのセットもいい加減なまま、とにかく撮る、撮る。池に到着したときには、数少ない2〜3グループが残っていたが、それもやがて飛び立って、コハクチョウの池はもぬけの殻となった。その後、琵琶湖沿いの道を野鳥センターに向かって歩き、少し早目の昼食をして、大鷲撮影に行くという一人と別れて、一行は余呉湖へ。そこで、私は今年はじめての雪景色にふれることができたのだった。
しかし、久しぶりの写友たちとの撮影行は本当に楽しかった。7人の中には、初めて会った人もいたが、すぐに打ち解けて、会話が弾むこと弾むこと。ただ、残念なのは、せっかくの撮影行だったのに、自分の写真にピンボケが多かったことだ。カメラとレンズスペックの低さもさることながら、腕のなさにがっくり!それでも恥ずかしげもなくデジブックにアップ。これは自分用の日記写真扱いだが、ちょっと覗いてやろうという奇特な人向けのリンクも貼付(#^.^#)。なお、当日の歩行数は15,090歩、歩行距離10,25Km。





梅の花
ブログの更新がなかなか進まないのが気になるところ。要するに、何事も「この辺でいいだろう」と思えないのが原因のひとつ。たとえば、人から頼まれた写真撮影の写真整理も、ちゃっちゃっとやってしまえばいいのかもしれないけれど、トリミングがどうの、色合いがどうの、コントラストがどうの・・・などとこだわり始めると、100枚余の写真整理が1日半もかかってしまう有様。その間は、ほかのやるべきことが進まない。よって、ブログ更新も遅れることになる。時間をかける、丁寧にやる、は聞こえはいいかもしれないが、それで決して満点にはおよびもつかず、かえってちゃっちゃっとやった方が良かった例をたくさん経験している。なのに、経験が生かせないのは、こだわり性なのだろう。きっと、自分にとってそうすることが気持ちいいことなのかもしれない。
したがって、気になるブログは昨年の今日の写真でお茶を濁すことに^m^。北野天満宮の梅の花と、受験の成功を祈る人たち。北野天満宮には、境内に50種約1,500本の梅があるというが、早咲きの梅は12月中句頃からつぼみがふくらみ始め1月初旬には冬至梅・照水梅・寒紅梅等が春を告げるかのように咲き始めるというから、今年もきっと咲いているはず。



したがって、気になるブログは昨年の今日の写真でお茶を濁すことに^m^。北野天満宮の梅の花と、受験の成功を祈る人たち。北野天満宮には、境内に50種約1,500本の梅があるというが、早咲きの梅は12月中句頃からつぼみがふくらみ始め1月初旬には冬至梅・照水梅・寒紅梅等が春を告げるかのように咲き始めるというから、今年もきっと咲いているはず。



おだやかに流れてほしい

2012年もあっという間に7日が過ぎようとしている。新年の挨拶は遅きに失したが、それでもまだ松の内^m^。
しかし、若いころは、歳取ったら時間がゆっくり進むのだろうと思っていた。その思いはしっかり裏切られたが、これで何もすることがなかったら、時の速さは、あるいはもう少しゆっくりなのかもしれない。私の場合、やること、やりたいことが多すぎるためか、目が覚めている一日18時間が、さ〜と過ぎてしまう。これまで生きてきた時間より、先の時間が圧倒的に少なくなった今、やみくもに欲の追及をすることなく、選んで嚙みしめて生きなくちゃ・・・が、せめてもの新年の抱負。
昨年の天災、人災の被害を、自分が直接被ったわけではないが、自然の脅威と安全神話の怖さに震え、今もって心はそこから離れることはない。一日も早い復興と、人類や地球の害にならないエネルギーの使用と開発を願う気持ちがいっぱい。そして今年は穏やかな川のように流れてほしいが願いだ。年寄りに、激動は辛いから。







